それは純一がカレンダーを見たときだった。
「あ、親父の誕生日が近いな。」
 そう虚空に呼びかける。



  京介さんの誕生日



 その日、純一と楓は喫茶店『すいません』で茶を濁していた
「へぇ、お義父さん誕生日ですか?」
「うん。毎回、誕生日祝いを貰ってるからな。こういうときの為にバイトで金を溜めていたわけだし。」
「親孝行してますね。」
 微笑む楓に少し照れながら純一は言う。
「もちろんだ。育ててくれた人に感謝を示す時は滅多にないからな。」
 そこで聞こえた素敵で不敵な笑い声が二人の耳に入った。
「聞いたわよ!しゃっ・・・・・・京介さんの誕生日ですって!?」
 と、聞き耳を立てていたのは神奈義 恭子。純一にとっては同僚、京介にとっては社長と部下である。
「親父に欲しそうなもの・・・・・・。」
「あれとかどうです?純一さんが前に作ってくれた手作り携帯ストラップ。」
 そう言って携帯ストラップを見せる楓。手作業にしては結構細やかで、編みこんだ糸にさらに編み目を入れたミサンガみたいなストラップだ。
「あれか・・・・・・。」
 純一は考え込む。
「後一週間、時間的に厳しいな。」
「何かあるんですか?」
「まず、糸だがその大き目の編み目に釣り糸と混ぜて補強。あとは細い編み目の真にはピアノ線を使ってるから金かかるし、何より時間がない。あれを作るのに1ヶ月かかったからな。」
 そう言って純一は考え込む。
「純一くんはどういうことしたいの?」
 そこで真面目に言う恭子
「えぇっと、手作りなら・・・・・・手先は器用なほうなので。」
「『器用なほう』?まっさかぁ〜、手作りのストラップって言ってもほつれもないし、かなり器用じゃない。」
 そう言う恭子。その通りだった。手編みのストラップといえど、ここまで精密なストラップはない。
「しかし、手作りねぇ〜。同人誌とか?」
「いや、なんかやだ。それは親父に対する宣戦布告のような気がする。」
 そう言って純一は改めて考え込む。すると楓がふと口を開いた。
「京介さんって、甘いものは食べられるんですか?」
「ああ、食べられるよ。」
「なら、ケーキとか?」
「ケーキか・・・・・・。しかし、料理は・・・・・・。」
 そこで抵抗感が現れる純一。普段から料理を止められているからだ。決して不味いわけでもない。楓曰く『純一さんは疲れているんですから休んでいてください』と、言われて毎回押し切られるからだ。
「何か問題でも?」
「俺が台所に立っても大丈夫なのか?」
 細々という純一。申し訳ないという罪悪感と抵抗感が実行を歯止しているのだ。
「何言ってるんですか!?こういう時こそ、台所に立つべきです。」
 熱説する楓だが、イマイチ話がかみ合っていない。
「いや、そうじゃなくてな。」
「楓ってさ。俺が台所に立つと怒るじゃないか。疲れているから休んでいろって・・・・・・。」
 いつになく弱気な純一に楓は止まってしまう。すっかり、忘れていた楓だった。
「・・・・・・すいません。でも、今回だけは見逃してあげます。」
 そう言われて純一はぱぁっと明るくなる。
「んじゃ、早速材料だ!」
「待ちなさい!!」
 立ち上がってやる気十分の純一に水を差す恭子
「どうしたんですか?」
「予行演習ぐらいしておいた方がいいんじゃないの?」
「そ、それもそうですね。そうなると場所が・・・・・・。」
 と、言っていたら楓がある胸を張って言う。
「純一さん。こういう時こそ私に頼ってくれていいんですよ。」
「いや、だけど、シェフの人たちに迷惑掛かるだろ?」
「それは私が何とか話をつけます!!」

 次の日の放課後、純一と楓は、吉川邸の事、楓宅に来ていた。
「というわけなんで、キッチンを使わせていただきたいんですけど?」
 楓邸のキッチンで純一と楓が料理長と話をしていた。
「いいですよ。御嬢様はいつも残さず美味しそうに食べていただいてます。きのこ以外は・・・・・・。」
 笑顔で料理長は言う。
「すいません。あのもにゅっとした感覚がどうも駄目で・・・・・・。」
「はは、わかっていますよ。御嬢様。あなたが片島 純一さんですね。」
「あ、よろしくお願いします。」
「そんな硬くならないでください。今のこの邸宅の話題は純一さんと楓御嬢様なんですからね。」
 やんわりとした料理長の言葉、貫禄もあるが融通の聞く人だというのが伺える。
「じゃあ、調理器具は持ってきていますので失礼します。」
 そう言って、純一はリュックサックから調理器具を出していく。
「純一さん。それは?家のほうでは一回も見たことありませんけど?」
「あ、ああ、これは俺の調理器具。楓もわからないような場所に置いておいたんだ。これだけは死守したかったからね。」
 そして、純一はケーキ作りに取り掛かった。
 始めたのが4時過ぎ、気が付けば、7時をまわっていた。
「できた・・・・・・。」
 そう言ってできたのはショートケーキだった。純一は少し顔を綻ばせたがすぐに真剣な表情に戻る。
「楓、料理長・・・・・・試食お願いします。」
 純一は1ホールのケーキを8分の1に切って二人に出す。
「じゃあ、いただきます。」
 2人はケーキをフォークで口に入れやすいサイズに切り口に入れた。
「・・・・・・どうだい?楓?料理長?」
「私はこの一口だけで満足です。」
 楓の満面の笑みを見て純一も顔をほころばせた。
「料理長は?」
「そうですね。少し、味付けに粗があるものの、心を込めたというところなら誰にも引けを取らないでしょう。」
 そう言って料理長は言う。そしたら、純一から放たれていた真剣な雰囲気が消え去った。
「よっし!」
 ガッツポーズをする純一。
「そしたら、ちょっと、失礼しようかな。あ、2人は十分に堪能しててくれ。」
 そう言って残りのケーキを持って行く純一。そして、数十分後に空のケーキの皿を持って帰ってきた。
「どうしたんですか?」
「いや、ここに働いている人たちにもお裾分けをな。」
 その言葉にぽかんと口を開ける料理長と楓
「御嬢様、よく付き合えましたね。」
「ええ、がんばりましたよ。」
 そう言って、二人のやり取りに疑問を覚える純一
「どういうことだ?」
「いやいや、こっちの話ですよ。」
 そう言って、純一は疑問を残しながらも京介に電話する。
「もしもし?親父?」
『どうしたんだい?純一くん?』
「今、楓の家にいるんだけど_____。」
『泊まっていくんだね!いやー、心配したんだよー。純一君がいつになったら楓ちゃんを襲うのかをね〜。いや、それを聞いて安心したよ。来週は蜜月かい!?』
 京介は話し聞かずに進めていくが、
「ちょっと、落ち着け!」
 制止する純一
『わかってるよ。けど、僕、今日帰れないから、適当でいいよー。』
 そう言って京介のほうから会話が切られる。
「どうしたんですか?」
「今日、親父帰って来れないってさ。」
「そ、そうですか?じゃあ、ちょっと、話してから帰りませんか?帰りなら車を使わせます。」
 恥ずかしげに楓は言うが、
「いいよ。遠慮しとく。奏さんに迷惑掛かるだろうしさ。」
 『月琴 奏(つきこと かなで)』、吉川家のお手伝いさんの中の一番偉い人。強いて言うならメイド長だ。
「私は大丈夫です!純一様は御嬢様の話し相手になってください!!」
 と、純一の背後から言う奏
「おわぁっ、びっくりしたぁ。奏さん。だから、純一って呼び捨てでいいでっ・・・・・・っと、おわぁっ、楓!?」
 強引に純一の腕を引っ張る楓に純一は驚きながらも引きずられてしまう。
 そして、楓は奏に空いている手で何かの合図を送る。

 一方、京介は帰れないと言ったはずなのに家にいた。
「そろそろかな?」
 そう言って携帯電話を取る。ディスプレイには『月琴 奏』と乗る。
「あ、つっきー?元気ー?」
『きょ、京介さん!?』
 驚いた奏の声にケタケタと笑う京介。
「ムッシュー?」
『いや、意味わかりませんから!』
 突っ込む奏に京介も
「どう?うまくいった?」
『え、えっと、ごほん!懐柔作戦成功です。』
 気を取り直し、凛とした声で言う奏
「おっけーおっけー。」
『しかし、よくわかりましたね。』
 京介は書斎の机に足を乗せる。行儀が悪いこと、この上ない。
「純一君の事だから一週間ぐらい前になったら動き出すと思ってたからね。」
『さすが、息子さんなだけありますね。人の行動を読むのは造作もないことですか?』
「おいおい、大学時代の同級生が酷い扱いだね。」
『あー、はいはい、悪かったって!』
 京介は悪びれた様子もなく言う所に対し、やけになって言う奏
『全く、あなたは本当に有言実行なのね?』
「いやいや、これは僕の気まぐれー。ま、妹も既に結婚してるし、片島の血が途絶えることはないでしょ?」
『あなたらしい言いようね。』
「誉めなさんなって。」
『なんで、そんな性格になったのかしらね。付き合ってた頃は全然違ったのに・・・・・・。』
 その言葉を聞いて京介は顔をこわばらせた。
「ぼ、僕はそんな昔の事知らないな。」
『あらあら?まだ、10年も立ってないのに言いようね?』
「なに、僕達はあの程度で終わりだった。それだけでしょ?」
 京介がそう言うとベランダに出る。
『ま、まぁ、そうだけど・・・・・・。』
「じゃ、とりあえず、純一君をよろしく〜。」
『あ、ちょっと!!』
 京介は何かを言おうとしているのを気にせず電話を切った。
「はぁ、気まずいなぁ。」

 そして、そんな感じで京介の誕生日前日。
「え?奏さんが行きたいって?」
「ええ、将来の御嬢様の義理の父になる人を一目見ておきたいとか言っていました。」
「ま、別にいいけど?」
 純一には別に断る理由もなかったので承諾する。
「それで?純一さん、準備は?」
「任せておけって!!準備は万端!」
 そして、京介の誕生日会の為に集まるメンバーは一時的に吉川邸に集まっていた。人員は神奈義 恭子、亘理 達郎、山下 誠、月琴 奏に楓と純一だった。
「んじゃ、行きますか。」
 そして、彼らは純一の家で誕生日会の用意を始める。
「京介さん、帰ってきたぞ!純一!」
「よし!みんな!準備はいいな。」
 それぞれに返事をする一同。そして、京介が帰ってくる。
「ただいまー、我が愛しいマイサンよー!」
 と、言って今に入るとクラッカーと同時に
「「「「「「誕生日、おめでとー!!!」」」」」」
 賛辞が送られる。
「え、えーと。」
 京介はカバンから紙切れを取り出して
「はい?」
 皆に見せびらかせる。その紙には『勝訴』と、書いてあった。
「いや、意味わかんねぇから。」
「そ、そう?なら、こっち側のほうがいい?」
 と、裏返しにすると『敗訴』と書いてあった。
「いや、そもそも、それは関係ない。」
「京介さん。プレゼントは、わ・た・しでーす!!」
 はっちゃけている恭子と体に巻かれたリボンを京介は取っていき
「わーい、このリボンありがとう。」
「ちっ、軽く流された。」
 舌打ちする恭子だった。
「京介さん。こちらを・・・・・・。」
 そう言って、誠はペンケースを渡す。
「これは?」
「万年筆です。」
「これはまたアナクロな。しかし、こういう人材こそ、世界には大事だ。」
「また、よくわからんことを・・・・・・。」
「誕生日のお返しは純一で構いませんから」
 と、何気に物騒な会話を始める京介と誠
「あー、俺はこのケーキ、一応手作り。」
「マジっすか!純一くん!マジですか!?嬉しさのあまりに達郎くんと一緒に真一をツープラトンアタックをしていいと!?」
「するなよ!」
「って、なんで俺なんだ!?」
 達郎はオドオドとし始め、突っ込む純一。
「じゅ〜んい〜ちさーん?飲んでますか〜?」
「ばっ!楓!酒飲みやがったな!?誰が飲ませ・・・・・・なんじゃこりゃぁ!!」
 と、そこは阿鼻驚嘆、いや、百鬼夜行、むしろ、大宴会。そこらへんで騒いでいる連中だった。
 そんな騒いでいる中、京介は一人離れてベランダで夕刻の空を眺める。
「・・・・・・。」
「あら、一人で何してるの?」
「お、月琴 奏さんではないですか?何かありましたか?」
 まるで他人行儀な京介
「何も自分の息子が開いてくれた誕生日会をないがしろにする親がなにを言っているの?」
「ぶぇっつにー。」
 京介はのったりとベランダに寄りかかる。
「しかし、どうしたんだい?普通なら、吉川邸で仕事しているんじゃなかったの?」
「今日はたまたま気分が乗らなかっただけよ。」
「嘘はいけないよ。おばさん。」
 瞬間、京介が少し宙に浮いた。
「ふっ、いいパンチ持ってるじゃないか?」
 もちろん、奏が拳を放ったからだ。
「まだ、おばさんといわれる歳じゃありません!!」
「あと2年で30過ぎるのに?早く貰い手見つけたら?」
 奏の表情に青筋ができるが、かろうじて笑顔で言う奏
「あなたも人の事言えるのかしらね?」
「全然、いえないね。けど、僕は一生涯独身でも構わないし〜。」
 京介は平然と言う。
「あなたはいつもそうよね。他人に気をかけすぎて、自分の事なんてやりはしない。」
「それが、僕クオリティ!」
 親指を立てて笑う京介だった。

「なぁ、楓?」
 ふと、純一が後始末をしていると2人のやり取りが目に入った。
「なーんですかー?」
 へべれけ状態の楓、かろうじて自我は残っているようだ。
「あの2人って面識あるのか?」
「くぅうぅっ!私の京介さんが!!」
 ハンカチを噛むと言うベタな行動を見せる恭子
「いや、別に恭子さんのものじゃないから。」
「純一!今日こそ、おまえに勝つ!」
「ちょ、ちょっとまて!いきなり包丁もって勝敗もクソもないだろ!?」
 包丁を持って迫ってくる誠。
「だぁぁぁっ!!」
 と、純一は包丁を持った手を蹴り上げて、包丁が吹っ飛ばされる。そして、ドスンと達郎の足元に落ちる。
「・・・・・・。」
 その光景に沈黙が部屋を支配する。
「びっくりした。」
「マジで、すまない・・・・・・。」
 誠心誠意を込めて達郎に謝る誠だが、その背後に純一という羅刹が見えた。
「ほほぅ、言いたい事はそれだけか?先輩?」
「ひぃぃっ!!」

「楽しそうですね。」
「うん、僕はこういうときの為に生きていると思う。純一君やその仲間達が馬鹿をやってさ。こういう風にやっていくひと時が僕にとって祝福の時さ。ああ、育てたかいあったなぁってさ。ま、それも一時の夢だけどさ。僕はこの瞬間を大切にしたい。」
 遠い眼だが、意志をもっていた。
「もしかして、あなたが私に近づいた理由は・・・・・・。」
「おっと、それは筋違いだ。僕は、僕の思うままに行動している。君は君の生き方があるし、僕には僕の生き方がある。ただ、それを僕が壊しちゃったんだけどね。」
 京介は「ははっ」と笑って、自室に入ってすぐに戻ってくる。そして、片手にはワインの瓶が握られている。
「飲むかい?」
「それ、高そうなワインね。」
「僕の秘蔵っ子さ。90年モノのロートシルト。36万もしたんだからね。」
「えぇぇっ!?」
 京介はケラケラ笑いながら言う。しかし、飲んでいるうちに奏が口を滑らせる。
「京介、あなた、一人が嫌なんじゃないの?」
「そうかもね。」
 京介はそれと無しに聞き流す。
「けど、あなたは悪い人じゃない。あんなに道理の通った息子を持っているのよ。結婚ぐらい考えなさいよ。」
「嫌だね。僕は僕と純一君が認めた人じゃないと結婚するつもりはないよ。」
 ふと真剣な表情になる京介。酒の場だ。簡単に口を滑らせることができるのだろう。
「じゃあ、あの神奈義さんは?」
「あの子は若いよ。まだ、他にも出会いがある。ま、今は僕が社長やってるので手一杯だよ。純一君は今の調子ならすぐにでも自立できる。楓ちゃん純一君の絆は深いから、僕が心配する必要はないよ。」
 京介らしからぬ真面目な発言に驚く奏
「酔ってる?」
「昔の顔見知りに会えば、酔いたくもなるよ。」
 京介はそう言って肩を少し上げる。
「京介って、昔はお酒飲まなかったよね。」
「弱かったからね。ま、今じゃこの通りさ。」
 そう言って、ワインを飲み干す京介に、微笑む奏。
「はぁ〜、うわぁ、死屍累々、みんな、明日大丈夫なのって、明日は土曜だから休みか・・・・・・。」
 京介はそう言って居間に戻る。
「京介、一つだけ聞かせて」
「What?」
「後悔してる?」
「サーイエスサー!」
 敬礼する京介。酒が入っても京介は京介だった。
「真面目に!!」
「もちろんしてるさ。だけど、間違ってたとは思ってない。」
 京介はそう言って
「ほらー!みんなー!起きて起きて!明日は僕、仕事なんだから!!」
 と、亀並の早さで起き上がる一同
「ったく〜、ほらほら、早くしないと、パールハーバーも驚くぐらいのイスラエルに連行するよ!」
 その瞬間、全員が脱兎の如く早くなる。勿論、冗談なのだが京介が言うと冗談に聞こえない。
 そして、全員が帰った後、京介と純一はテレビを見ていた。
「純一君?」
「んー?」
「ありがとね。わざわざ、僕のために開いてくれて。」
 京介はテレビを見ながら言う。
「あ、いや、まぁ、世話になってるしな。」
 照れながらも純一は答える。
「ケーキ、また作ってよ。」
「・・・・・・おう!」
 いつもらしからぬ京介の言葉だったが、嬉しそうに純一は答えた。
「んで、京介くんの誕生日の時も楽しみにしててね!地獄の閻魔も切腹するぐらいに感動秘話を聞かせてあげるからね!!」
「どんな感動秘話だよ!?むしろ、秘密の話題じゃなくて、それって悲しい話題の悲話じゃないか!?」
「そこは御愛嬌」
 ペ〇ちゃん波の笑顔を見せる京介
「そんな、〇コちゃん見たいな笑顔を見せても無駄だ!!」
「純ちゃんのいけず〜。」
「純ちゃん言うな!!」


戻る