別に、目立った特技は無かった。いつもオレはそう思っていた。そう思っていたはずなのに、意外なものが特技になったりする自分が少し凄いと思ったりした。
「いらっしゃいませー。」
オレの名前は羽間 哲(はざま てつ)と言う。
「何名様でしょうか?」
いつものごとくファミレスのバイトで汗を流している俺だ。今日も何も無いだろうと思っていた。そんなときにこの客たちは違ったのだ。
「4名で喫煙席」
その四人組は肩にギターケースを背負った男と、女の人が二人ずついた。ああ、バンドの仲間なんだろうなと思って俺は大人しく喫煙席に通した。
「ドリンクバー4つ」
4名の客が席に座って雑談を始める。
そんな彼らと知り合うには些細なことから始まった。
「おい、どこに目をつけて歩いてたんだ!オイ!!」
オレはバイトの帰り道、道の端っこでヤクザっぽい人達が一人を追い詰めている。周囲の人間は「我関せず」と、無視して歩いている。オレも普段なら放置して帰っていた。そのはずだった。
「・・・・・・ん?」
ふと、気が付くとそれは今日、オレのバイト先に来たバンド系4人組の女の一人だった。
「ちゃんと私は前を歩いていたわ!あなた達こそ、何処に目をつけているの!?」
「あぁん?てめぇ、ちょっといい気になっているからって調子こくなヨ!?」
そう言って腕を振り上げるヤクザの人。そう思ったときには遅かった。俺の体は自然と動き、そのヤクザの人の背中に向かって飛び蹴りを入れていた。
「あぁっ!マサさん!大丈夫ですか!?ってめぇ!何しやがる!!」
と、舎弟らしい人がオレに向かって言うが、時既に遅し、オレはその女の人の手を掴んで逃げ出していた。
「ハァッハァッ!大・・・・丈・・夫・・です・・・・か!?」
「大・・・・丈・・夫・・!あり・・・・がと!!」
オレと女の人はできるだけ遠くに逃げ出していた。そして、息を整えて
「ここらへんはああいうのが多いから女の人の一人歩きは危険ですよ?」
オレはそう注意を促す。
「そうね。ありがと。」
そして、女の人はそう言って頭を下げる。
「まだ、あの人たちがいるかもしれませんから、家まで御送りしますよ。」
一応、心配だったのでそう呼びかけてはおく。
「いいんですか?」
そしたら、女の人は申し訳なさそうにオレを見る。
「別に構いませんよ。」
そして、オレと女の人は並んで話しながら家に向かう。
「あ、お名前は?」
「羽間 哲って言います。羽と間で『はざま』、哲学の哲です。」
「あ、私は柳 千晴です。千の晴れで『ちはる』です。」
そう言って自己紹介を終えて雑談をしながら彼女の家に向かう。
「あ、ここです。今日はありがとうございます。」
「いえ、どういたしまして・・・・・・では、私はこれで。」
そう言って立ち去ろうとするオレ
まぁ、そういうときがあってもいいのだろう。
そんなある日だった。
「よぅ、いつも同じく無愛想だな!?」
同僚の高谷 光安(たかや みつやす)がオレに話し掛けてくる。
「別に無愛想って訳じゃないんだが・・・・・・。」
同級生曰く、オレの顔は無愛想らしい。結構、気にしているんだが、まぁ、今となっては諦めている。
「まぁ、打ち解ければ饒舌なおまえなんだがな。」
光安は盛大な笑顔で俺に言うが、今日はなんだか冴えないので愛想笑いでオレは返す。
「顔はやっぱり大事だ。」
「ぶっ、あはははははは、おまえが言うと説得力あるなぁ!」
こう癪に障ることをいうが、あまり憎めないのがこいつの特権だろう。
「んじゃ、今日も頑張るか!」
そう言って俺たちは仕事を始める。そんな時だった。
「あ、羽間さーん!」
聞き覚えのある声がオレの耳に入る。
「ん?」
その方向を見ると柳さん含む、あの4人組だった。
「いらっしゃいませ。どうか致しましたか?」
あくまでも仕事中なのでスタイルを崩さないでオレは質問する。すると、一人の男、割と不良っぽいイメージがある人がオレの目の前に立って
「ありがとうございました!!」
大声で頭を下げる男
「お、お客様!頭を上げてください。他のお客様に目立ちます。」
オレはその急な行動に慌てふためく
「あ、すいません。」
不良っぽいのはイメージだけか、結構礼儀正しい男だった。
「いや、実は、あなたが助けてもらった週はライブが決定していたんです。それでそんな話をちーに聞いたら、あ『ちー』って柳の事です。御陰様でライブは成功して挨拶に来たんです。」
わざわざ、結果報告なんてしなくてもいいと思ったが、そんな無粋な事は言わずに
「おめでとうございます。といっても、何もできることはありませんが・・・・・・。」
「別に気にしないで下さい。こいつが勝手にお礼を言いたいと言ったことですから」
そう、もう一人の男性が話す。
「なぁ、御主?」
すると、柳さんではないほうの女性がオレに話し掛ける。
「私ですか?」
「そうだ。御主、我らの力になってはくれぬか?」
何を言っているのかわからない。
「えっと、なんですか?ファンタジーみたいに『おまえには力がある』とか、そんなオチですか?」
きょとんとした視線が刺さる。どうやら、外れらしい。
「あっはははは!いいね!それ!僕は採用だよ!」
「ふむ。確かに、この空気の読めないっぷりは私でも惚れ惚れするな。」
「あ、ははは・・・・・・。」
オレはその場で大人しく乾いた笑いをするしかなかった。
「ま、詳しい話は御主のバイトが終わってからにしよう。終わるのは何時ぐらいだ?」
そう言われて腕時計を見る。単身は2時を差している。始業から仕事をしていたから
「そうですね。4時に終わります。」
「そうか。なら、私達も御暇しよう。迎えには千晴を送る。」
「は、はぁ?」
そう言って、4人は立ち、会計に向かう。仕方ないのでオレが会計に回る。
「あ、あの、別に深いことじゃないんで心配しないで下さいね!」
と、柳さんは言って4人組は去っていった。
「哲!おまえ、どうやってあの集団と関わったのよ!?」
と、光安がバンと肩を叩いて訪ねてくる。
「え?」
「おまえ、まさか知らないの!?」
光安がマジありえねぇとか言うが、俗世間や地域情報に弱い俺にとっては致命的だった。
「知らんよ。」
「Sound of Straightって言うバンドグループでな。結構、完成度高い曲を出すんだよ。地元じゃ有名だぜ!」
「さうんどおぶとらいある?」
「ああ、直線の音楽。相手の心に突き刺すようなサウンド広げるバンドだよ。」
「ふーん。」
そう言って、オレは仕事に戻ろうとする。だが、光安に肩を引っ掴まれる。
「おまえ、何か音楽できたっけ?」
「全然、やるきねぇし。」
そう言ってオレは肩を避けて仕事に戻る。
バイトも終わってオレは出入口付近で柳さんを待っていた。
「楽器か…。」
そう言って、オレは子供の頃を思い出す。
『哲くんって草笛上手いよね!!』
と言った友達の言葉
「・・・・・・まさかね。」
そう言ってオレは言い聞かせるように言う。
「何がですか?」
突然現れた柳さんに驚いて退くオレ
「あ、すいません。」
「いえ、こちらこそ急に話し掛けてすいません。」
「いや、気にしないで下さい。」
そう言ってオレは為すがままに着いていく。すると、その先は見覚えのある病院だった。そして、とある一室に連れてこられる。そして、例の4人組が揃い、床に伏せている女の人がいた。オレは敢えて口を紡いだ。
「?」
「この子に見覚えは?」
もう一人の女の人がオレに問うが、オレは忘れもしない場所だった。
俺が今、住んでいるのはしがない寝るだけのアパートだ。親はとある事件で自殺した。両親が生きていれば、オレは高校生活を送っているはずだった。家の両親は旅行から帰ってくる帰り道で車に引かれた。母親は一命は取り留めたものの、親父は死んだ。
そして、母親も意識を取り戻し、訴えに出ると言いながら、リハビリ中に自殺した。
そう車に引かれた相手は大手企業の人間で家のものが倒れ伏せたらしく。救急車ではなく仕様の車で信号無視などをして両親が事故にあった。オレは一人っ子だった為、オレが変わりに訴えに出た。だが、やはり一般社会の人間と大手企業では格が違った。大手企業の人間達が圧力でオレの母親を脅したのだ。
『おまえの息子がどうなってもいいのか?』
と、オレはその企業を許さなかった。勿論、遺書の意は汲まれたが大手企業のことはオレ宛に来た遺書ではない母親の手紙に書いてあった。そして、目の前にいるのがその大手企業の家のもの、大手企業社長の令嬢だ。
「・・・・・・誰の手先だ?」
オレは思わず、4人組を睨みつけた。
「それともなんだ?オレが大人しく黙っているから、力をつけていないかと降りかかる火の粉は全力で消しにここで口封じでもするのか?」
「ち、違う!そんなんじゃない!ただ、僕達は_____」
何らかの弁解をしようとしているのだろう。
「和解して欲しいってか?冗談じゃない!」
だが、今のオレには意味を為さない。
「そう言われるのはわかっています。」
令嬢『柚木 水奈(ゆずき みな)』が言う。
「これは私個人の面会です。このような姿で申し訳ありません。」
「・・・・・・。」
オレは大人しく黙る。弁解とやらを聞いてから判断する。
「私個人であなたのところに謝りに行こうとは思ったのですが____」
「アウトだ。わりぃけど、オレはあんたを許さない。」
その「行こうとは思った。」という言葉だけでオレの怒りは沸点に達した。
「悪いけど、帰らせてもらう。」
オレはそう言って背を向け、病室から去った。
そして、オレはバイト近くにある公園の草むらに座っていた。
『あーあ、またやっちまった。』
これであの女に会うのは3回目だ。1回は葬式のとき、2回目は今回と同様、同じようなパターンだ。そして、3回目だ。
オレは草を綺麗に抜いて草を水のみ場で洗ってから口を当てる。
「♪〜♪♪〜♪♪〜♪〜〜〜」
静かな旋律を流す。これがオレの唯一の楽器だ。
「あ、お兄ちゃんだー!」
そう言って、駆け寄ってくる子供達。たまにバイトからこの公園を寄って帰るときに合う子供達だ。オレは草笛を吹くのをやめる。
「よう、元気にしているか?」
「お兄ちゃん、草笛、教えてー!!」
「ああ、いいよ。じゃあ、綺麗に草を取って洗ってきたら教えてやるよ。」
そう言ってオレは優しく言う。だが、草を綺麗に取っている子供達の中にしょんぼりとした元気の無い子がポツンと立っていた。
「どうした?」
「あ、お兄ちゃん。」
ふと、淋しそうな顔を上げる子供
「なんかあったのか?」
「友達と喧嘩して・・・・・・。」
友達と喧嘩か・・・・・・。オレはそういうのはわからないな。
「そうだな。自分は悪いって思ってるんだろ?」
「うん。けど、許してくれそうに無くて…。」
そう言うと子供は泣き出しそうになるが
「んじゃ、今から行って来い。一回、謝っただけじゃ許してもらえないかもしれない。けど、何度も謝ったら許してくれるさ。」
「それで大丈夫なの?」
凄い楽そうに見えるが結構、それは困難な道
「バーカ、じゃあ、君が逆の立場ならどうする。何度も謝ってくる相手に・・・・・・。」
「うーん。わかんないや。」
「かもな。もうちょい大きくなったらわかるさ。」
「うん。じゃあ、謝ってくる!!」
「おう、行って来い。」
そう言って子供は走り去っていく。
「子供には優しく対応できるんですね?」
そう呼びかける声、柳さんだ。
「あの子供とオレとでは奪われたものが違いますからね。少なくとも尊敬していた御袋が殺されたんですから・・・・・・。ああ、自殺と言えども、あれは殺人ですよ。」
「自殺?初めて聞きますけど・・・・・・。」
オレは思わず、笑いそうになった。そう、悲しくて笑うしかわからなかった。
「もう、そんなことどうでもいいですよ。」
「そんな!水奈さんは絶対安静なんです!なのにあんなことを言ったら、水奈さんはどうなるんですか!?」
柳さんの真剣な問いだが・・・・・・。
「オレなら、絶対安静と言われても彼女の家に言って謝りに行く。例え、自分の命が朽ち果てようとも非があるなら謝る。いや、それほどの誠意を見せなくちゃいけない。逆として考えるなら、オレは相手の両親を奪ったんだからな。」
「・・・・・・。」
「お兄ちゃん。草洗ってきたよー!」
そう言って子供達が駆けてくる。
「おっし、んじゃ、この前の復習だな。」
オレは子供達の草笛をみる。
「お、たかし。上達してきたな?」
「うん。家でも練習したんだ!!」
嬉しそうにたかしが言う。
「そうか。ま、草笛もいいけど、勉強もな。」
「けど、たかしってすげーんだよ。テストも前に100点取ったし」
と、他の子供、たかしの親友のかずのりが言う。
「ほー、やるな!たかし!!」
「うん!だけど、兄ちゃん。勉強してないと草笛教えないって言うじゃん!」
「はっはっは、そうだったな!」
「ん、どうした?ゆかり?元気ないな?」
草笛を吹いているがあまり心の無い音を耳にする
「あのね。わたしの猫のエルちゃんがね。死んじゃったの。」
元気が無いというより気力が無いな。
「そうか。悲しかったか?」
「うん。悲しかったし淋しかった。」
「そうか。ちゃんと可愛がっていたか?」
「うん!もちろんだよ!!」
そこをちゃんと肯定できるなら問題は無いだろう。
「よし!なら、大丈夫だ。そのエルも浮かばれるさ!」
「ホント!大丈夫!?」
「ああ!大丈夫さ!」
そう言ってオレは軽く頭を撫でる。
「よっし!草笛もそろそろ、飽きただろ。暗いし、家まで送ってやるよ!!」
そう言うと皆は草笛を草むらに捨ててオレの周りに集まる。
「兄ちゃん。オレの兄ちゃんになってよ!」
「ははは、嫌だね。お前みたいな出来の悪い弟なんていらねーよ!」
そんなことを冗談交じりに言う。
「えー、うちの兄ちゃん。勉強、勉強ってつまんないんだもん!」
「大丈夫だ。おまえもやる気があれば、どーにでもなる!」
そう言って、オレは子供達を送っていく。もちろん、親のいるところには挨拶をする。
「いつも遊んでくださってすみませんね。」
そう、一番最後に送った子供の親が言う。
「いえいえ、お気になさらずにこうやって子供達と遊んでる私も楽しいですから。」
「ほんと、あなたってイイ男ね?うちの娘ってどう?」
「あはははは、勘弁をこんな高校も行っていない私には釣り合いませんよ。」
オレは笑って遠慮する。
「なんだったら、養ってあげてもいいわよ。事情だって知ってるんだから!」
そう言うと奥さん。社 美紀(やしろ みき)さんは真剣な表情になる。
「いいや!そんなお世話になるわけには行きません!娘さんだって迷惑でしょう?」
オレは笑っておどける。こういう話は好きではない。
「あ、由紀?お帰り〜。」
そう女子高。大庭女子高等学校、通称:庭女の制服を来た幹さんの娘さん。由紀さんが帰ってくる。
「あ、哲さん!今日もたかしと遊んでくれたんですか?」
由紀さんはオレを毛嫌いしている様子はない。ちなみに由紀さんは高二だ。オレは早生まれだから高一だ。ちなみに一日差でオレは早生まれから逃れていたんだが・・・・・・。
「あ、はい。今日のバイトは早番だったので・・・・・・。」
「あー、だから今日、哲さんのファミレス行ってもいなかったわけだ!」
あちゃーと言わんばかりに頭を抑える由紀さん。
「・・・・・・じゃ、オレは帰りますね。」
「え、帰るの?なんだったら、家で食べてく?」
「いや、今日っておじさんが帰ってくる日でしょう。それだったら家族団欒にすごさないとバチがあたりますよ。」
「あ、そうね。今日はお父さんが出張から帰ってくる日だわ!ありがとね。哲ちゃん。」
「いえいえ、じゃあ、失礼します。」
そう言ってオレも家に帰ろうと門を出る。
「じゃあねー!兄ちゃん!」
「おう、じゃあな。たかし、明日も学校頑張れよー!」
「明日は休みだよー!」
ちょっと空回りしたか・・・・・・。
「あれっ、ま、仕方ないか。じゃ、明日も元気に遊んでこーい。」
そして、オレは家路につく予定はない。公園で再び、草笛を吹く予定だった。
「まだ着いて来るんですか?」
物陰に隠れて、こちらを見ているのは丸わかりだった。
「ばれてました?」
「体隠して尾を隠さず。」
そう言ってオレは草笛を捨てる。
「・・・・・・何か言いたいことがあるようで?」
「凄いですね。どんなことして子供達の人気を集めたんですか?」
ま、当然な質問だ。
「早番で嫌なことがあったとき、いつもここで草笛を長時間吹いているんですよ。子供の通学路もあってか見かける子供もいたんでしょうね。まぁ、それだけだったら話し掛けてくる理由は無いんですが、公園で遊んでいた子供が、大きい怪我をしたんですよ。そのとき、丁度早番で遅く帰っていたオレが対処しまして、それ以来、子供の監視役兼遊び相手ですよ。」
「へぇ〜。草笛ですか?」
「何行っても教えないですよ。悪いけど、信用できませんから・・・・・・。」
「ま、そうですよね。」
そう言ってしょんぼりする柳さん。
「あと、一つ御忠告を・・・・・・。」
オレは立ち上がって言う。
「人のことばかり見ていないで自分を見ていないと危ないですよ。」
「え?」
オレはそう言って、話を切る。
「さて、夜も危ないでしょうし、御送りしますよ。」
「え、私のことを信用できないんじゃ・・・・・・。」
「それとこれとは話は別。それともなんですか?私が送り狼になるとでも?」
オレは邪悪に笑う。
「あ、えと、お願いします。」
そう言ってオレは一言も交わさずに柳さんを家まで送る。今日は一言も交わさないなと思っている矢先
「・・・・・・一つ、聞きたいんですけど?」
「なんですか?」
「なぜ、さっき、あのようなことを?」
あれか・・・・・・。
「人の事しか気にできないバカを知っているものですから・・・・・・。」
オレは、ははっと笑って言う。
「もしかして、あなた、とっくに・・・・・・。」
「残念ですけど、ここまでです。あなたの家に着きましたからね。」
オレは言葉を遮って言う。これ以上、聞く気もないし、聞きたくも無い。家に到着したことを確認すると、俺は走った。
「んじゃ、もう会うこともないでしょう。」
そう言って、走り去った。瞬間、急にライトに体が照らされる。乗用車!?
「っ!!」
オレは飛び上がってボンネットの上に着地する。そして急ブレーキ、もちろん慣性の法則でオレはボンネットから不時着する。
「っ!どこみてんのよ!」
ちゃらちゃらとした兄ちゃんが窓から乗り出して、オレに怒鳴りあげるが、ここは『止まれ』の標識がある。しかも、直前で無灯火だ。
「あっち。」
そう言って指を差す。
「っ!てめぇ!ふざけてんじゃねぇぞ!轢き殺すぞ!!」
「御自由に?悪いけど、初速の車なんて避けること訳無いし、ナンプレは既に覚えさせてもらいましたよ?それでも証拠隠滅として車から降りてくるなら全力で塀の上に逃げさせてもらいますしね。」
オレがそう言うと男は大人しくなる。
「だ、大丈夫ですか!?」
そう言って駆けて来たのは柳さんだった。早くも約束破っちまったな。まぁ、携帯電話を持っていないオレには好都合だ。
「すみませんが、警察を呼んでください。この車、無灯火で標識無視を行ったんで・・・・・・。」
その後、警察が来て、軽い取調べを受けた。そして、警察署から出て直ぐに・・・・・・。
「っ!!」
足首が急に痛んだ。思わず、しゃがんで足首を触ると腫れあがっている。
「大丈夫ですか?」
正面で入り口で番をしている人が駆け寄ってくる。
「すいませんが、近くに病院とかありますかね?どうやら、足首を怪我しているようで・・・・・・。」
そう言うと一目散で警官が中に入っていく。
そして、為すがままに病院へ行くと
「骨折ですね。まぁ、凄いとは思いますが、着地に無理がありましたね。」
それでオレは1ヶ月入院することになった。すごい見覚えのある病院に・・・・・・。
そんな2日目
「よ!哲!元気してるかー?」
「光安、笑いに来たのか?」
光安がお見舞いの品を持って現れる。
「まっさか!おまえさん!すげぇよな!轢かれそうな女の子を見をていして助けて、骨折だけとか?」
なんかかなり紆余曲折してるな。そういや、マネージャーも轢かれた事には心配してたけど、状況を説明してなかったから捏造したな。
「んで、マネージャーが『クビの心配はしないでもいい』ってさ。しっかし、マネージャーったらひでぇんだぜー。オレが轢かれたらクビにするって言うんだぜ!」
光安はぷんすか怒り始める。
「まぁ、おまえは仕事はしてるんだが、バイトの女の子を口説いてる時点で駄目だと思うがな。」
「おいおい!マジで言ってんの?綺麗な女の子がいたら口説くのが普通じゃん!!」
「お前のような奴は一片死んだほうが女の為だ。」
「ちっくしょー!お前みたいに余裕のある奴がムカツクよ!Sound of traightの女の子と知り合ってウハウハしてんだろ!?」
瞬間、オレの血の気がぐんと上がった
「その話はするんじゃねぇ。」
「ど、どうしたんだよ!?急に?」
「あいつらはオレの内面も見ねぇ、単なる柚木の手先だ。」
そう言った瞬間、光安の顔が凍りついた。
「・・・・・・わりぃ、知らんかったとはいえ。」
「いや、俺も悪かった。事情を話す前にこのような展開だったからな。」
気を取り直して軽い雑談をしてから終えて光安は帰っていった。そして、予想はしていたがここまで行動が早いとは思っていなかった。トントンとドアからノックする音が響いた。
「どうぞ。」
「失礼します。」
入ってきたのは柚木
水奈だった。オレは別段、拒否するわけでもなく、有るがままに受け入れる。
「・・・・・・あの。」
「オレから話すことは無い。」
オレと柚木の娘の言葉が重なる。
「・・・・・・だけど、謝りたいのは確かです!私のせいで父親を無くされ、私の父のせいで母親を殺してしまった。」
「満足か?」
冷たい言葉で刺す。その言葉にビクリと振るえる柚木の娘。
「オレが許せないのは、誠意があるとか、謝れば済むって問題じゃない。親父は仕方ねぇって思ってる。あれは事故だ。だが、てめぇの父親は真実を隠蔽して保身を選んだから許せねぇって言ってるんだ。警察への根回し、御袋の手紙がなかったら、仕方ないと思っていたが、知ってしまったからにはどうしようもねぇ。」
オレはそう言った。だが、その真実を柚木の娘は知らなかったようだ。
「それは真実ですか?」
「・・・・・・別に、信用したくないのはわかる。どっかのしらねぇ生意気な馬の骨が言っているだけだからな。」
オレはそう言って松葉杖を持って立ち上がる。そのついでにナースコールを押す。
『どうしましたか?』
「ちょっと、知らない人が入ってきたので、対処してもらえますか?」
『はい、わかりましたー。』
そう言って声が返ってくる。
「え、あの!」
「言ったはずだ。話すことは無いとな。っても喋りすぎたな。」
そう言って、松葉杖で立ち上がる。
「どうしましたー?って、柚木さん!安静なんですから!部屋で寝ていてください!!」
看護婦がそう言って車椅子を持って柚木の娘を連れ去っていった。
そして、次の日、驚くことがあった。
「哲くん!!」
オレはその日、体力を維持する為に松葉杖を使いながら散歩をしていた。
「え?って!由紀さんと美紀さん!?どうしてここに!?」
そこには私服の由紀さんと美紀さんがいた。
「おっしゃ!勝った!へっへー!残念ね!お母さん。悪いけど、私が先に呼ばれたわ!」
「くぅ〜!くやしー!今度は先に呼ばれるんだから!!」
そんなやり取りの中、恐る恐るオレは松葉杖に肩をかけながら手を上げて言う。
「御二人はどうしてここに?」
「いやね。由紀がバイト先で光安くんに車に引かれたって聞いたから急いで駆けつけてきたのよ。」
「心配したんですよ!」
そう言って二人は言い寄ってくる。
「まぁまぁ、落ち着いて、そこにベンチがあるから座りましょう。」
そして、ベンチに座る。なぜか、オレは母と子のサンドイッチだが・・・・・・。
「お兄ちゃーん!」
そう言って、来たのは子供達だ。そして、その後ろには子供の保護者達だ。
「車に轢かれたってホント?」
「大丈夫!」
「また、元気になるよね!」
と、子供も女も必要以上に集まればやかましい。けど、嬉しかったりもする。思わず、顔を伏せてしまう。
「どうしたの?哲くん?」
「い、いや、ほ、ホントに、ありがとうございます!こんな、オレの為に・・・・・・御見舞いに来ていただいて!!!」
女々しかったし、恥ずかしかった。けど、一番は嬉しかった。
「・・・・・・ほんっと、いい子よね。なんで、こういう子が学校に行けないのかしら。どう?私の家の子になって、学校とか行かない?」
「ちょっと待ちなさい!それは私が最初に誘いかけたのよ!!」
と、そんな感動の中、主婦戦争が勃発した。
「ちょ、ちょちょちょっと、落ち着いてください!た、確かにお気持ちは嬉しいですけど、そんな莫大にお金のかかるようなご迷惑はかけられませ・・・・・・あいってぇぇぇーーーーー!!」
立ち上がり様に松葉杖を脇にかけたのだが、ずらしてしまい直接足首に重心がかかり激痛が走る。
「大丈夫!哲くん!!」
「医者よ!医者を呼んできて!」
「だ、大丈夫です!」
痛んだだけで、別段問題はないので引き止める。そして、子供達に顔を向けて
「んじゃ、草笛、練習すっか!?」
「いいの!?」
「マジで!?」
「ホントに!?」
そう、三種三様、子供達の顔が綻ぶ。
「由紀さん。オレの草笛、作ってきてくれるかな?」
「え?私が!?」
「特別講習って所ですよ。」
そう言うと満面の笑みで由紀さんは草むらを漁ってくる。
「ホントに子供を扱うのが上手ねぇ。家の子も見習って欲しいわ。」
「別に、そんなんじゃありませんよ!見方の違いです。確かに、弟や、妹がいれば、鬱陶しいって思えますが、他人なら、どうにか接しないと迷惑が掛かりますから!」
オレは慌てて擁護するが、これは俺の立場も悪くなる言い方だった。
「うーん。確かにそうかもねぇ。」
そして、草笛の練習も終わる。
「お兄ちゃん。草笛やって!」
「‥‥‥しゃーねぇな。」
そう言ってオレは草笛を口にする。みんなは聞き取れているようだ。
「ま、こんぐらいかな。」
そう言って演奏を終わらせる。
「んじゃ、病室に戻ります。」
「送っていくよ!?」
「いえ、体力を維持するためにもがんばりますよ。」
そう言ってオレは松葉杖を使って歩いて病室に戻る。
「‥‥‥。」
その病室の帰りに柚木の娘がこちらを車椅子に乗りながらこちらを見ていた。
「‥‥‥一つだけ、言っておこう。」
そう言って、横を通り過ぎる。
「もう、オレに関わるな」
「悲しいですね。」
その言葉を聞いたがオレは反応しない。
そして、病室に帰って半端な気分だった。
『悲しいですね。』
確かにその通りかも知れない。
「哀愁漂ってるのはどちらかね‥‥‥。」
そう言って天井を見上げる。
そして、たまにあの子供達の母親が見舞いに来てくれていた。そこで、起こるして起こった事件なのだろうか?
ちょうどその日は由紀さんがオレの見舞いに来ていた。
「はい、哲くん。あーん。」
「いや、自分でできますから!!」
慌てながらも、そう言って拒否する。
「うーん。ガードが固いなぁ。」
そう言って、由紀さんは舌打ちする。
「‥‥‥いや、そう言われましても恥ずかしいじゃないですか。」
オレは大人しく本心を言う。
「よっ!いちゃいちゃしてんな!」
と、やってきたのは光安だった。
「なんだよ?色ボケ野郎」
「ボケとは心外だな!オレは愛の伝道者とでも言ってくれ!!我が友よ!」
「んな!そんな高谷さんと哲くんを一緒にしないでください!」
そう言ってもこいつの性格は変わらないだろう。やはり、女の子に言われるのはショックなのか、わからない程度にへこんでいる。
「あ‥‥‥。」
そこに現れたのは柚木の娘だ。
「‥‥‥帰ってくれ。オレから話すことはない。」
「そんな、哲くん。そんなないがしろにしなくても‥‥‥。」
「黙ってくれ。これはオレの問題だ。」
そう言って黙る由紀さん。ちょっと、強く言いすぎたか。
「で、今日はどう謝りに来たんだ?悪いが、オレはあんたに謝られても意味がない。オレが憎いのはおまえの父親だ。お門違いだから帰ってくれ。」
そう言うと明らかに落胆した表情で去っていく。
「おいおい、おまえもそんなに言うなよ。キツすぎだぜ。」
「あれが柚木の娘だとしても?」
「ッ!!」
思わず口を紡ぐ光安。
「でも、哲くんも間違ってますよ。」
「そんなことわかってるさ。オレだって、あんな事言いたくない。」
オレだってわかっている。悪いのはあの人じゃない。悪いのはあの人の父親だ。
「しっかし、あの子も健気だね。オレが来たときとか、いつも見てるじゃないか?」
「‥‥‥。」
それも知っている。いつもあの視線は忘れたくても忘れられなかった。
「なんで、あの子にそのことを言わないの?」
「心ではわかってる。だがな‥‥‥。」
「おまえは親父に謝ってもらいたいんだろ?」
「‥‥‥。」
そう言った光安の言葉に沈黙してしまう。沈黙は肯定の意だ。しかし、それを嘘でも否定しておけば良かったと思っている。
次の日だ。そんな突拍子もない出来事が起こった。
「‥‥‥ここか?」
聞いたことのある言葉がオレの病室の前で聞こえた。
「はい。御父様‥‥‥。」
ノックの音が聞こえた。
「はい‥‥‥。」
そう言って入ってきたのは柚木 信也(ゆずき しんや)だった。そう、柚木
水奈の父親だ。
「キミは私に謝らせたいことがあるらしいな。」
「‥‥‥おまえは自分で何をしていたか知っているよな?」
「‥‥‥キミの母親を殺したとか言い抜かしているとか、ふざけたことを言っている人間だな。」
殺意が沸いた。ギリと歯の奥が鳴る。
「御父様!話が違います!!」
「これは私の問題だ!黙っていろ!」
そう言って水奈は黙る。
「‥‥‥あんた、オレの勘違いであればいいが生きる指針を持つためにあえて罪を被るとか言い抜かしたら、ただじゃすまさん。」
ギロリと視線が光る。
「くっくっく、あんたは人、いや、オレを過小評価しすぎだ。図星だろ?」
「これは困った狸だな。」
そう言って、サイレンサー付きの銃がオレに向けられる。
「ほう、今の柚木商事は乗っているよな?並に‥‥‥だが、マスコミにそれを知られては柚木商事の株は落ちる。だから、オレの御袋が訴えると出たときにはどうしようもなかったんだろ?オレの安否を脅す以外には‥‥‥そりゃ、生計は大事だもんな。今、オレがどこにいると思う?」
オレの問いに答えられる人間はいなかった。
「どこにも住んでねぇよ。」
「え!?」「何!?」
二人は予想だにしていない言葉に驚く。
「確かに、家はオレの名義であるだろうな。まぁ、この半年は帰っていない。そうだよな。謝罪としての金を送金できたのは最初の一ヶ月だけだ。ああ、すぐにわかったさ。名義不明でも思い当たるのは一つだけだ。ああ、忘れていたよ。」
そう言って、机の中の紙袋を投げつける。だが、それを信也は受け取れなかった。そして、こぼれ落ちた紙袋は破けて、万札がはみ出る。
「返していなかったな。」
「‥‥‥。」
「最初はおまえの娘さんに復讐しようと思った。だがな。それじゃあ、憎しみの連鎖だ。だから、オレは大人しくしているつもりだったよ。ずっと、この壊れた心を持ってな。」
そう、もう既に壊れていた母親が自殺したときから。あの手紙が来てからマスコミに駆け込んだ。しかし、権力が邪魔をした。それを取り上げようとした記者は上司に打ち切られたと言われた。その時に絶望した。自殺も考えた。だが、それではオレは何も生きた意味がない。
「‥‥‥すまなかった!!家族を、娘を助けるにはこうするしかなかったんだ!!この銃だって脅しだ!本当に申し訳なかった!!」
そう言って土下座をする信也。オレはベッドガード越しに骨折した左足を引きずりながら歩く。
「立て!立ち上がれ!!」
オレはそう罵声を浴びせる。そして、恐る恐る信也は立ち上がる。そして、左足を踏み込んで力の限り
「ア゛ッア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァァァァ!!!!」
声にならない声で殴り飛ばした。右手が痛い。骨は折れていないが、痺れている。
「これで十分だ。これで母さんに顔向けできる。あんたの病状も聞いている。」
そう言うと柚木の娘に顔を向ける。
「治ると良いな。病気‥‥‥。」
そう言ってオレはベッドに倒れる。ああ、冷や汗でぬれてるな。けど、これだけは言っておかないと
「たまには‥‥‥遊びに来い。」
その言葉を捨てるのと同時にオレの意識は途切れた。
その後、私は柚木
水奈は問題なく回復した。そして、一年遅れの高校に通い始めた。そして、お父さんの会社は何事もなかった。羽間さんに殴られて鼻の骨が折れた以外は‥‥‥。
「やっほー!みーなん!先輩のお成りなるよん!」
と、千晴さんが話しかけてくる。
「こんにちは、千晴さん。」
「んっふー。生徒会長って言う遊び道具がなくなったけど、今度はみーなんがいるからねー!!」
そう言って、千晴さんが抱きついてくる。こ、この胸は反則ですか!?
「おいこら、副会長、仕事しろ!」
そこには他の男の人が千晴さんに言う。
「はいはいーっと!んじゃね!」
そう言って千晴さんは向こうに走っていった。
あの後、羽間さんは少し入院期間が延びたが、退院していった。だが、それ以降、姿を消した。社
由紀さんに出会ったが、行方不明らしい。なにやら、町内の人も探しているらしいが、行方は知れず、私のほうでも探したが、手がかりは一切つかめなかった。
そして、4年経ち、私は大学に進学していた。私も殆ど、彼の存在を忘れかけていた。町内の人も覚えている人はいなかった。
そんな、大学仲間と街中で将来設計を話しているとき
「そうですね。私は親の家業を継ぐと思います。」
「やっぱり?私はOLになるのかなぁ。お茶汲み、コピーとかさ。」
「でも、よく家業継ぐことを決心したね〜。」
「ええ、私、一人っ子ですから。」
『叶うといいな。折れない限り、夢は無限だ。』
聞いたことのある声が聞こえた。その声に私は振り向く。
『ねぇ!兄ちゃん!草笛やってよー!』
そう言って、男の人に駆け寄ってくる子供
『あぁ?めんどくせぇ!さっさと帰るぞ!!』
子供の兄は面倒臭そうに手で払う。
『てつくーん!』
聞き間違いだと思った。そして、見間違いだと思った。そこには由紀さんが羽間さんだと思われる人に駆け寄っている。
「・・・・・・申し訳ないが、人違いじゃないですか?私は大羽 耀(おおば
あきら)って言うのですが?」
そう、他人行儀に言う。私から見て嘘にしか思えなかった。
「そんな嘘通用しないんだから!私が哲くんをみまちがえるわけ無いじゃない!!」
そういう由紀さん。確か、今、由紀さんも大学生だ。大学は違えど、たまに連絡を取っている。
「・・・・・・私は、過去のことを覚えていません。」
「え?」
「直前までの行動を覚えています。確か、車に轢かれて、頭を打ちました。医者が言うには退院してから2ヶ月以内で轢かれるのは不注意が過ぎるのではないかと言われましたし・・・・・・以前の私はどういう人物だったのですか?」
演技ではない。本当の行動だと私は思った。
「由紀さん・・・・・・。」
「あ、水奈ちゃん。」
深刻そうな表情で私を見る。
「兄ちゃん、草笛吹いてよ!」
「ああ、わかったから!」
そう言って、大羽さんはその場を去ろうとする。
「・・・・・・では失礼しますね。」
そうして、私、いや、俺は2人の前から立ち去った。そして、裏路地に入るとサングラスをかけた金髪の男が俺を待っていた。
「あれでよかったのか?」
そこには光安がいた。
「ああ、構わないさ。ごめんな。ちょっと、先に公園に行っててくれるか?あとから行くからさ。」
「えー、わかったよー・・・・・・。」
そう言って、子供は走り去っていく。
「全く、3年半、音信不通で急に連絡が来たと思ったら、こんなところまで連れ出すなよ。」
と言うもの、光安はこんな見た目でも会社員をしているらしい。
「悪かったな。いい加減、オレのシガラミに捕らわれるのはよくないと思ってな。あれなら、いい加減、諦めがつくだろ?」
「ま、そうだけどよ。記憶喪失だったのは本当なんだろ?」
そう、車に轢かれて頭を強打し、そのショックで一時的に記憶の混乱が巻き起こった。
「短期間だったけどな。草笛吹いたらすぐに記憶を取り戻したよ。」
「しかし、手の込んだ事するよな。わざわざ、名前まで変えてさ。」
そう、オレの名前は既に羽間 哲ではない。大羽 耀なのだ。
「んで、おまえは今、なにやってんの?」
「あのファミレスの本店で店長補佐をしている。」
「って、店長補佐!?おまえも役が上がったな?」
驚いた表情をしているがあのファミレスに功績を買われて、本社で研修を受けた。その後、流れるままにやっているうちに本店の店長補佐になった。本店の店長は神出鬼没でオレが実質な店長をやっている。
「へぇ、じゃあ、今日には帰るのか?」
「いいや、家と土地のこともあるしな。それが済み次第、帰るが…。」
「じゃあ、今生の別れって所か?」
そういう光安だが
「なに、その気になれば、いつでも会えるだろ?」
そう言って、オレは子供達のところに向かう。4年ぶりに会ったのにも関わらず、慕ってくれたのは嬉しかった。
「実はな。今日でお別れだ。」
「え?!何かあったの兄ちゃん!?」
「ちょっとね。遠いところに行くことになったんだ。」
心配そうな子供達とは裏腹に一人の人影が見えた。それに子供達も気が付いて
「あ、姉ちゃんだ!また、草笛、教えてやるから遊ぼうぜー!」
柳さんだった。
「・・・・・・あなた、今ごろになって何で?」
別に憎悪とかそういう様子は無かった。意外な人物の登場といったところか・・・・・・。
「すみませんが、あなたは?私は____」
「大羽 耀でしょう?」
驚いた。この名前で通っているのは職場と光安だけだ。
「子供達の前です。今は忘れましょう。」
そう言うと大人しく柳さんは頷く。
「姉ちゃん。今日は俺たちの先生が来たんだ!今日でお別れだけど、すっげー、上手いんだぜ!!」
と、期待の目で俺たちを見てくる子供達
「しゃーねぇな。」
そして、俺は草笛を吹く。
草笛を吹き終わると夕暮れ時だった。
「・・・・・・ま、こんなところだ。もう遅いから、帰れ。」
そう言うとしんみりした空気が彷徨う。
「兄ちゃん。また、会えるよね?」
「ああ、今日は送ってやれないが、おまえたちが元気にしてたら顔出してやるよ。」
そう言うと子供達の顔も明るくなる。
「またね!兄ちゃん!!」
そう言って子供達は帰っていく。そして、柳さんがこちらを見ている。
「まぁ、色々、聞きたいこともありますけども・・・・・・なんのようですか?」
俺はズボンについた土を払って立ち上がる。
「今頃、何の為に?」
「土地と家を売りに払うんですよ。名義は俺ですからね。」
それは、過去との完全なる決別
「そうですね。じゃあ、最後の儀式みたいなものです。着いてきますか?」
そう言って、俺は歩き始める。家に向かう途中、花屋で花束を包んでもらい。俺の家の前まで到着した。
「入りますか?コーヒーぐらいなら、出しますよ?」
そして、柳さんは頷いた。
羽間、いや、大羽さんの家に入ると意外なことに掃除されていた。ただ、誰もいない一人だけではこの家は広すぎるかもしれない。
「かけて待っていてください。」
そう言って、台所に立つ大羽さん。花束はテーブルの上に置いてある。
「何をするつもりなんですか。」
「この家は俺の親父が一生懸命、働いて買った家だ。たくさんの思い出が詰まっている。そして、その幸せの時間に事故だ。うちの親達の兄妹は土地が増えると思って一生懸命、俺を保護しようと何度も押しかけてきた。だが、そのとき俺は、中学校に行きながら守ったが、この家が渡らないとわかると家に向かって石やら何やら投げてきた。要は嫌がらせだ。俺は憤激した。学校を休み、家を守った。証拠の写真さえあれば、警察だってどうにでもできる。だから、訴えた。勿論、勝訴だ。しかし、親戚は『親戚を突き出した公共の犬』と罵った。」
そう言いながら、大羽さんは台所から出てコーヒーを渡す。
「それからが、地獄だった。どこから伝わったのか、学校でもその噂は広まってな。机の落書き、画鋲、姑息な手段ばかりだったよ。だが、俺は使えるものは徹底的に使った。校長、保護者会、警察、使えるものは全て使った。ま、おかげで友達はいなくなったな。」
ふと、大羽さんは懐かしいのか、悲しいのか遠い表情で虚空を見る。
「あとは大体わかるだろ?」
恐らくは、中学卒業後、あのファミレスでバイトをしていて私達に出会ったのだろう。
「ま、話はそれぐらいですよ。」
そう言って、彼は居間を出て行こうとする。
「いいんですか!?それで別れると言うことは、親御さんの思い出も捨ててしまうんです______。」
「良い訳ないに決まってんだろ!俺だってこんな思いしたくはなかった!だがな!世間が!欲望が!そんなものを許すわけ無いだろ!!」
背を向けて震えた背中から、聞こえた気がした。『大羽
耀』という仮面を被った『羽間 哲』という人の悲鳴が
『助けてくれ。』
『一人は嫌だ。』
『なんで、オレを迫害する?』
そのような助けを求める悲鳴。そして、子供達にだけでも自分のようにならないように、一人でも自分と同じ人間にならないように・・・・・・。
「優しいんですね。」
びくりと震える肩、明らかな拒絶。自分では認めたくない意思が伝わる。
「まさか、そんなわけあるか。お、オレはそんな出来上がった人間じゃない。」
震えた声。後もう少しで感情が決壊する。
「だって、そうじゃないですか?あなたは子供達に優しかった。草笛を教えたり、何が悪いことで何が正しいことが教えてあげたじゃな_____!!?」
瞬時に彼は振り返って、私をソファの上に押し倒した。
「これ以上、言うな!!」
「いいえ、言います。」
その言葉に私の上に乗りかかって襟首を掴んで引き寄せる。
「やめろ!それ以上、本当に言うつもりなら」
「犯しますか?別に構いませんよ。私はあなたのその壊れた心を救いたい。」
そう言うと頂点が冷めたのか。襟首を掴むのをやめて私から離れて背を向ける。
「今更さ・・・・・・助けに来られても遅いんだよ。」
寂しそうな声が聞こえた。
「オレはあの頃、君達に出会う前から助けが欲しかった。いつも愛想だけで笑って、それを見抜けるんじゃないかと、オレはあなたに期待したこともあった。けど、すぐに気が付いたさ。甘えれば、足元を救われる。だから、我に返るのも早かった。」
そう言って、何も入っていない花瓶を取り、花束をそえて水を入れる。そして、その花瓶をテーブルの中央に置いて
「もう、二度と会うことも無いでしょう。御迷惑をお掛けしましたね。死んで詫びろというなら死に失せましょう。別に何も求めないというなら私はあなた方の前から姿を消します。」
それだけは絶対に避けなくてはならないことだった。
「ですが、卑怯な手段には出ないでください。」
卑怯と言われてもいい。だから、足を踏み出した。しかし、それを見据えてたのだろうか。私の腕を掴んで後ろに回り布を当てられる。
エピローグ
気が付けば、朝、私はベッドの上で寝ていた。しかし、誰もいない。遅かった。いや、遅いわけじゃない。私が至らなかったんだ。そして、気がつくと、ベッドの隣にある机に一つの手紙が置いてあった。それを開いて中身を見る。
「・・・・・・そんな。」
『あなたのやることは大体、わかっていました。私を逆に押し倒して、既成事実を作る。あなたが考えている通り、私は責任感の強い人間でしょう。ですから、死ぬことも、あなたの目の前から消えることもできないでしょう。それを知った上で、私はあなたを招き入れました。このようなことは大変申し訳ないと思います。卑怯と私は言いましたが、実際卑怯なのは私なのかもしれません。この後、私はとりあえず、生きてみようとは思います。では、失礼します・・・・・・。』
そう書かれていた。恐らく、手は届かないと思う。花瓶をテーブルに置いた瞬間から、きっと彼の決別は終わったんだと私は思った。
数年後、彼を見たのはテレビのニュースだった。
「ニュースの時間です。昨日、午前6時ごろ、〇〇県にあるファミリーレストラン『〇〇××』本店で副店長『大羽
耀』さんが、倒れているのが発見されました。死因はストレスによる心筋梗塞だと思われております。大羽さんはここ最近、悩んでいるというような節があると同じ従業員の人から言われています。大羽さんは人当たりが良く。ストレスだとは思えないという声があがっております。次のニュースです。」
思わず、飲んでいた飲み物を落とした。私の行動は徒労に終わったのだ。彼を探す為に、使える手段を全て使って彼を探した。もちろん、この事を由紀さん、水奈にも話した。3人で一生懸命探したのに、徒労で終わった。私の責任だ。彼のことを何も知らなかった。
そして、私は大羽 耀、いや、羽間 哲の葬式に出ていた。
「え?高谷さん!?」
「あ、柳さん!?」
意外な人物がいることに私は驚いた。なぜ、この人がいるのだろうか?高谷
光安さんが・・・・・・?
葬式が終わった後、高谷さんと私は廊下で高谷さんを問いただした。
「オレは知っていたよ。大羽が羽間だって事はね。」
「え?」
「由紀ちゃんが、僕に尋ねてきたんだけど、哲が拒否してね。あの拒否のしようは僕でも断れなかった。あいつはあいつで、自分の罪を清算しようと思ってたんだろうね。けど、背負い込みすぎたんだと僕は思うよ。」
そう言って、庭に出てタバコを吸い始める高谷さん
「あいつは、オレじゃ助けられなかった。あいつは人が良すぎるし、自分を犠牲にしてでも犠牲者を増やさないようにしている。知ってる?あいつ、オレと一緒にバイトしてた頃しか知らないけど、同じ同僚の女の子から凄い人気あったんだぜ。すぐにフォローしてくれるとか。けど、あの女の子達もあいつ内面を見てなかったんだろうね。もう、遅かったんだよ。あいつが姿を消したときから」
なんで、この人は全部知ったような口をきくの!?かなりの怒りに膨れ上がった私は思ったままを口にした。
「あなたに、何が分かるって言うんですか!?」
「わかんねーよ。」
開き直った感じがさらに私の怒りが沸点に達した。
「けどさ・・・・・・。」
そこで私は口を閉ざした。
「少なくともオレでもわかることはある。」
「え?」
「君もオレも選択肢を間違った。だから、あいつを助けられなかった。」
その通りだった。私も彼も羽間さんを助けたかったが、力が及ばなかった。
「んじゃ、オレは帰るわ。」
そう言って高谷さんは帰っていった。
その後というものの後悔という念だけしか残らなかった。毎年、墓には花を添えていっている。しかし、身内からも嫌われている羽間さんの墓は誰も手をつけていない。無縁仏と言う奴か。
気の抜けた私は毎日、草笛を吹いていた。もう、何も残るものすらわからなかった。